東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)108号 判決 1992年1月21日
東京都府中市四谷五丁目八番一号
原告
日電アネルバ株式会社
右代表者代表取締役
安田進
右訴訟代理人弁理士
内原晋
同
芦田坦
同
後藤洋介
同
池田憲保
アメリカ合衆国
カリフォルニア州サンタバーバラ・イーストモンテシトストリート六〇二番地
被告
スローン・テクノロジー・コーポレーション
右代表者
エドワード エイチ・ブラウン
右訴訟代理人弁理士
石戸元
右訴訟復代理人弁護士
西村経博
主文
特許庁が昭和五八年審判第六二七六号事件について昭和六三年四月七日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決に対する上告のたあの附加期間を九〇日と定める。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
主文一、二項と同旨の判決。
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
本件特許各発明 特許第九四五七二四号
出願日 昭和四八年一一月八日(アメリカ合衆国一九七三年七月五日出願に基づく優先権主張、特願昭四八-一二五八六九号)
出願公告日 昭和五三年六月二〇日(昭五三-一九三一九号)
設定登録日 昭和五四年三月三〇日
発明の名称 「カソードスパタリング装置」
特許権者 被告
特許無効審判請求
審判請求日 昭和五八年三月二六日(昭和五八年審判第六二七六号事件)
請求人 原告
審判請求不成立審決 昭和六三年四月七日
二 本件特許各発明の要旨
1 排気可能な囲い内で、該囲い内に収容された基体を被覆するカソードスパタリング装置において、スパタされる物質の面を有する陰極を設け、磁気装置の一対の磁極は該陰極に隣接して該陰極面と反対側の面に設けられ、この磁気装置の一対の磁極間に現われる磁力線の殆どは前記陰極の互いに離間した交点から出てかつ入り、この交点間を延びる磁力線の彎曲した部分は陰極面より離間し、これによって前記陰極面に沿って、前記磁気装置によって生ぜしめられる弧状の磁力線と、前記陰極面とで境界づけられた閉領域を形成し、その内部では帯電粒子が保持され、かつそれに沿って移動する傾向にあるトンネル状通路を形成し、前記陰極に近接して陽極を設け、前記陰極と陽極を電源に接続する接続装置を備えたことを特徴とするカソードスパタリング装置(第1項発明)。
2 導電性陰極支持体が前記陰極をそれと面どうし密接した状態で支えている特許請求の範囲第1項記載のカソードスパタリング装置(第2項発明)。
3 磁気装置が磁石に隣接しておかれ、前記磁極を形成し、そして陰極の前記側面へ隣接して配置された一対の磁性極片を具備し、よって磁力線が主として該陰極を通過して向けられている特許請求の範囲第1項記載のカソードスパタリング装置(第3項発明)。
(別紙一参照。)
三 審決の理由の要点
1 本件特許各発明の要旨は前項記載のとおりである。
2 当事者の主張
審判請求人(原告)は、本件特許の各発明は、いずれも本出願前頒布された「RESEARCH/DEVELOPMENT」Feb. 71、 p.40~44(以下、「引用例一」という。別紙二参照。)、米国特許第三二一六六五二号明細書(以下、「引用例二」という。別紙三参照。)及び米国特許第二一四六〇二五号明細書(以下、「引用例三」という。別紙四参照。)の記載に基づいて、当業者が容易に発明することができたものであり、特許法二九条二項に違反して特許されたもので無効である旨主張し、これに対して、被請求人(被告)及び被請求人補助参加人(日本真空技術株式会社)は、本件特許各発明は各引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものではないから無効とされるべき理由はない旨主張した。
3 審決の判断
(一) 引用例一には、交差電磁界中の放電を利用した高速度スパッタリング(本件特許各発明の「スパタリング」と同義。以下、「スパタリング」という。)装置として、真空ポンプに連通したベルジャ内に平面状のサブストレートホルダ及びその上に半球状のカソード(ターゲット)を配置し、このベルジャの外側には一対の電磁コイルを配置した装置が記載され、前記一対のコイルに互いに逆向きの直流電流を流すことによって陰極面との間で閉領域を形成する弧状の磁力線を生じさせることが記載されている。
引用例二には、イオンポンプ装置について記載され、真空容器に結合された結合管と外囲器と、この外囲器のリエントラント部の円筒形磁界装置収容室に積み重ね配置された永久磁石及び磁極片からなる磁界発生手段と、リエントラント部の排気室側の壁面に密着配置した陰極と、この陰極に対向配置した陽極とを備えた配置が記載されている。
また、同じく引用例三にはグロー放電によって陰極物質を崩壊することによる被膜の形成方法について記載され、この陰極の崩壊は気密容器内のガス圧を下げる目的にも使用することができる旨記載されている。
(二) 本件特許各発明と引用例一記載の装置とを比較すると、両者はカソードスパタリング装置において磁力線と陰極面間に帯電粒子を保持する閉領域を形成する点において軌を一にするが、本件特許各発明は一対の磁極が陰極に隣接して陰極と反対側の面に設けられているのに対し、引用例一のものは電磁コイルがベルジャの外側に設けられており磁極はなく、また、電磁コイルと永久磁石との間に互換性があるとしても磁極を陰極に隣接して設ける技術思想がない点相違する。
(三) 請求人(原告)は、本件特許各発明の磁界発生手段は前記引用例二によって本件出願前公知であり、また引用例三により真空スパタリング装置とイオンポンプとが同じ技術分野に属することを主張している。
しかしながら、真空スパタリングは基材に金属を蒸着させることを目的とする装置であり、イオンポンプのように真空中の原子を吸着して真空度を高める装置とは、その使用目的及び構成を全く異にするものである。また、本件特許各発明は単に閉領域を形成することを要件とするものではなく、スパタリング装置において一対の磁極を陰極に隣接して設けたことを要件とし、このことにより磁極間に現われる磁力線の殆どが陰極に入ることになり効率よく被覆し得る点作用効果においても格別顕著であるから、本件特許各発明は引用例二及び引用例三を引用しても引用例一の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。
4 したがって、請求人(原告)の主張は根拠のないものであり、本件特許を無効とすることはできない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1、2、3(一)は認める。同3(二)のうち、本件特許各発明と引用例一記載の装置とはカソードスパタリング装置において磁力線と陰極面間に帯電粒子を保持する閉領域を形成する点において軌を一にするとの点、及び、本件特許各発明は一対の磁極が陰極に隣接して陰極と反対側の面に設けられているとの点は認めるが、その余は争う。同3(三)のうち、請求人(原告)の主張が同記載のとおりであること、真空スパタリングは基材に金属を蒸着させることを目的とする装置であり、イオンポンプは真空中の原子を吸着して真空度を高める装置であること、及び、本件特許各発明は単に閉領域を形成することを要件とするものではなく、スパタリング装置において一対の磁極を陰極に隣接して設けたことを要件とするものであることは認めるが、その余は争う。同4は争う。
審決は、本件特許各発明(本件特許第1項発明及びこれを引用する同第2、第3項発明)と引用例一との相違点の認定の誤り、また、本件特許各発明及び引用例一記載の発明である真空スパタリング装置と引用例二記載の発明であるイオンポンプとの技術分野の同一性に関する認定を誤った結果、本件特許各発明の進歩性を肯定したものであり、違法としてその取消しを免れない。
1 本件特許各発明と引用例一との相違点の認定の誤り(取消事由一)
審決は、本件特許各発明と引用例一記載の装置との比較において、
「引用例一のものは電磁コイルがベルジャ(排気可能な囲い)の外側に設けられており磁極はなく、また、電磁コイルと永久磁石との間に互換性があるとしても磁極を陰極に隣接して設ける技術思想がない点相違する。」と認定するが、右認定は次のとおり誤ったものである
(一) 物理学上一般に、電磁コイルの「磁極」は「磁力線の集中する場所、すなわちN極・S極」を意味する。引用例一記載の装置の一対のコイルは、互いに逆向きの電流が印加された状態で半球状の陰極の頂部及び開放端並びにベルジャの底部近傍に、別紙五のとおり、N、S、N、S極をそれぞれ形成し、これらN、S、N、S極は右定義による「磁極」に他ならない。このことは、引用例一の四〇頁右欄二六行(同訳文二頁一七行)に「quadrupole」(四重極)として四つの磁極の存在が記載されていることからも裏付けられる。したがって、電磁石たるコイルに磁極がない旨の引用例一に関する審決の認定は、この物理学上の原理的事実と相容れない明白な誤りである。
(二) 右によれば、引用例一において、磁極は半球状の陰極の頂部及び開放端近傍に形成されているところ、これら磁極から発生する磁力線は半球状の陰極(ターゲット)の面と交わるように配置されているから、両者は隣接配置されているに他ならない。したがって、磁極を陰極に隣接配置していない旨の引用例一に関する審決の認定も、同様に誤りである。
2 本件特許各発明の容易想到性の判断の誤り(取消事由二)
本件特許各発明は引用例一及び二を組み合わせることにより極めて容易に発明できたにもかかわらず、スパタリング装置とイオンポンプとは使用目的及び構成が異なるとして、本件特許各発明と引用例二記載のイオンポンプとの構成上の酷似性を無視し、更に、本件特許各発明の作用効果の顕著性を認めて、本件特許各発明の進歩性を肯定した審決の判断は、誤りといわざるを得ない。
(一) 本件特許各発明及び引用例一の発明と引用例二記載の発明との技術分野の同一性
引用例二には、
(イ) 交差電磁界中の放電を利用した高速度イオンポンプ装置において、リエントラント部4の円筒形磁気装置収容室10に磁界発生手段20を配置し、このリエントラント部4の排気室側の壁面に陰極18を密着配置する。すなわち、磁界発生手段20を陰極18に隣接して、しかもその反対側の面に配置する。
(ロ) 磁界発生手段20は前記収容室10の内部に互いに積み重ねて逆極性で配置した永久磁石22、22'及び22"と磁極片24、24'及び24"とにより構成し、陰極18との間で閉鎖域を形成する湾曲磁力線(別紙三図1において点線で表示)を発生させる。
(ハ) この閉領域は電子をその中に閉じ込めるので、排気室8の内部の残留ガスの放電効率が改善される。また、磁界発生手段20と陰極18との前述の隣接配置により磁石の小型化が可能である。
の点が記載されていることが認められる。
ところで、引用例三には、陽イオンの陰極への衝突による陰極物質の崩壊は、金属膜で物体を被覆することにも気密容器内のガス圧を低下させることにも利用できる旨を明確に記載している。すなわち、両技術は右基本技術を介して互いに密接にした分野であることを示している。そして、引用例三記載の技術は、交差電磁界内におけるガス放電利用の基本技術として本件特許公報(甲第二号証)二欄二一行ないし二三行に言及されているほか、引用例一末尾の参考文献の項一にも引用されている。また、真空イオンポンプ及びスパタリング装置の両方が同一の会社によって製造販売される例は少なくなく、本件審判被請求人補助参加人及び原告は共にその典型的な例である。この事実は右技術分野の共通性を示すにほかならない。
(二) 本件特許各発明と引用例二記載の装置との構成の同一性
引用例二には、前記(イ)ないし(ハ)記載によれば、<1>磁界発生手段20を陰極18の反対側の面に密接して配置すること、<2>この磁界発生手段20の磁極片24、24及び24"間に現われる磁力線は陰極の縦断面上の一つの点から出て殆ど全部が他の一つの点に入ること、<3>これら二つの点の間で磁力線は湾曲し陰極面から離れること、<4>この湾曲状磁力線と陰極面とで閉領域を形成し、その内部に電子を保持すること、それによって排気室8の内部の放電効率が改善されることを記載している。
引用例二のこれらの記載事項<1>ないし<4>は本件特許各発明の構成要件と一対一に対応する。
(三) 作用効果の顕著性に関する判断の誤り
審決は、「一対の磁極の陰極への隣接配置」を主要特徴項と認め、「磁極間に現われる磁力線の殆どが陰極に入ることによる被覆効率の改善」を本件特許各発明の格別顕著な作用効果と認めている。
しかしながら、磁極を設ける点については引用例一に開示がある。また、磁極は本件特許公報によれば、本件特許各発明における磁極は磁気装置の極として磁石の頭部と底部に装着された磁性体からなる極片であると認められるところ、仮に引用例一記載の装置には磁性体からなる極片がないとしても、電磁コイルと永久磁石との互換あるいは交換は容易であり、なんらの発明力を要しない。そして、本件特許各発明における磁極の陰極への隣接配置とは、極片の端面と陰極との距離をできるだけ小さくすることを表現しているものと認められるところ、陰極を極片の端面から比較的離して配置するときは陰極を貫通してその表面に現われる磁力線が減少すること、したがって、陰極表面に多くの磁力線が現れるようにするには陰極を極片の端面により近付ければよいことは周知の事実であるから、陰極線上に磁力線を集中させるために磁力線発生手段と陰極との隣接配置が望ましいことは自明であり、格別発明力を問題とするようなことではない、したがって、本件特許各発明における磁力線発生手段と陰極との隣接配置は発明の特徴項たり得ない。
更に、審決の「磁力線の殆どが陰極に入る」との認定の内の「殆ど」なる用語は、本件特許明細書の発明の詳細な説明の欄では全く使用されておらず、発明の詳細な説明における裏付けがなく、その意味は不明である。のみならず、本件特許各発明における磁極が磁気装置の極片、磁極片、永久磁石の足及びこれらの考えから設計された部材であると限定的に解釈されるとしても、この磁極から発する磁力線のうち陰極を出てかつ入る磁力線は陰極を出る磁力線の僅か一五%にすぎず、この程度の割合を「殆ど」ということは非常識であって、到底認あられない。なお、被告は「本件特許各発明では、磁極を電極に隣接配置させて、その全磁力線の殆どを有効利用し、効果的に荷電粒子を保持する装置を提供するものである」旨主張するが、本件特許公報四欄一五行ないし二〇行には「磁気装置は陰極に隣接して陰極の面と相対する側面に備えられている。……磁力線の少なくとも一部は陰極面上に間隔を置いて離れて位置する交差点にて陰極面を出入りする」との記載があるところ、同記載事項は、本件特許出願人が「全磁力線の殆どを有効に利用する構成」を本件特許各発明の構成要素ではないと認識しその旨を記載したことを示すものであり、被告の右主張は右特許公報の記載事実と矛盾するものである。
(四) 以上によれば、本件特許各発明は、引用例一及び二に基づいて当業者が容易に発明できたものと認められ、審決は本件特許各発明の容易想到性についての判断を誤ったものである。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
請求の原因一ないし三は認める。同四は争う。審決の認定、判断は正であり、審決を取り消すべき違法はない。
一 取消事由一に対する主張
1 電磁コイルは磁力線のみが存在し、永久磁石のような磁極はない。電磁コイルを磁石と同一視して、電磁コイルにおいて磁束の集中するところを磁極と判断する場合もあるが、本件特許各発明の場合は電子を閉じ込める強い磁界を陰極面に沿って形成することを目的とするものであるところ、本件特許各発明の磁性体は、磁力線を吸収して強い磁束の集中する部分を陰極面に形成するので磁極と判断されるのに対し、引用例一の電磁コイルの磁束の集中部分は磁力が弱いので、これを磁極と判断するのは当を得ないものである。なお、引用例一記載の装置の磁場は、コイルから出た磁力線同士は互いに反発して広がろうとする性質があるので、別紙六のとおりであって、原告の主張するような磁極は形成されない。
2 引用例一には磁極はなく、電磁コイルと陰極の間にはベルジャが出入りする関係上磁極を陰極に隣接配置することはできないから、引用例一には磁極を陰極に隣接配置する技術思想を示していない旨の審決の認定にも誤りはない。
二 取消事由二に対する主張
1 技術分野の異同について
引用例二はイオンポンプに関するものであるが、イオンポンプは、陽イオンによって陰極崩壊する際、陰極より飛び出す物質で空中のガス分子を吸着し、これによって更に高真空を得るものである。これに対し、真空スパタリング装置は、右陰極より飛び出す物質を基材の表面に吸着させて基材にスパタリング膜を形成するものである。したがって、陰極崩壊という物理現象は両者同じでもその利用の仕方が全く異なるものである。このように、真空スパタリングとイオンポンプとはその装置の目的構成があまりにも違いすぎるので両者を同じ密接した技術分野とみることはできない。
2 構成の異同について
前述のとおり、引用例二の磁気発生手段の目的とする作用効果は本件と全く異なるので、磁気発生手段のみの細かい構造の対比は無意味である。したがって、審決の対比判断に誤りはない。
3 作用効果の異同について
技術分野の異なる装置では、その一部分である磁気発生手段のみがたとえ皮相的に類似していたとしてもその作用効果は異なるので、引用しないのは当然であり、審決の認定に誤りはない。
なお、引用例一の装置には磁極はなく、本件特許各発明の「一対の磁極を陰極に接して設けることにより磁極間に現われる磁力線の殆どが陰極に入ることになり、効率よく被覆し得る作用効果」が存在しないから、電磁コイルと永久磁石との交換が容易であったとしても、互換性があるとはいえない。
また、原告は、陰極を出てかつ入る磁力線は陰極を出る磁力線の僅か一五%にすぎないと述べるが、その数値の真偽は別として、本件特許各発明において、陰極を出てかつ入る磁力線は一対の磁極が陰極に隣接配置されているので、その陰極より漏洩する磁力線は殆ど利用され、その磁極が陰極より離れている場合に比べて極めて効果的である。なお、陰極を出てかつ入る磁力線の数値は、磁石の長さに対する磁極片の長さや、磁極片の材料及びその結晶構造等によっても変わる。一方、磁力線は磁気抵抗の少ない磁性体に集中して通る傾向があるので、磁気装置65の永久磁石66より出た磁力線は集中して磁性体である極片69、70を通り、磁気抵抗の大きい外壁61を通る磁力線は極めて少ないものと考えられる。極片69、70を通った磁力線はその陰極に隣接する端部に集中し、漏洩磁束として陰極面より出てかつ入る。この磁力線が磁性体の端部に集中する現象はエッヂ効果と呼ばれ、電気技術者としては常識である。そして、本件特許は、磁石の両極に磁極片を設けその磁極片の端部(磁極)を陰極に隣接させるものだけが対象となるのではなく、本件特許公報図20のように磁石の両極がそれぞれ陰極に隣接するものも含んでおり、この場合には利用率が一五%よりも大きくなることは自明である。したがって、「殆ど」に格別の作用効果を認めた審決は正しいものである。なお、右の「殆ど」とは、全磁力線に対しての表現ではなく、磁極間に現われる磁力線に対するもので、本件特許各発明はその殆どを利用しようとするものである。
第四 証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本件特許各発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 本件特許各発明の概要
成立に争いのない甲第二号証(本件特許公報)(二欄九行ないし三欄三三行)によれば、本件特許各発明はカソードスパタリング装置に関するものであること、カソードスパタリングは特に基体に薄膜物質を被覆せしめる技術として広く知られ広範囲の用途に使用されているもので、この方法は陰極から気相を経て基体へ物質を輸送するプロセスによるものであること、陰極の金属原子が気相中へ飛び散らされる現象はそれを行なうのに充分なエネルギーを有するイオンの衝撃によって生ぜしめられるものであり、陰極面では先ず衝撃イオンと陰極面の間の運動量の移転が起こる結果原子が崩壊し、飛び散らされた粒子は排気可能な囲いの中を動き回って、その結果、基体上へ凝集し薄膜を形成すること、しかして、このような原理に基づくスパタリング装置は急速に進歩したが、なお、付着生成率の改良と同程度に薄膜の純度と凝集性についての改良が必要であるところ、本件特許各発明の目的は、<1>生成物を汚染するような漂遊粒子が室内に殆どないようにするたあに、陰極領域に帯電粒子を保持する働きによって帯電粒子を有効に活用して、低減された室内圧力と電圧下でスパタリングを行なうことが可能なカソードスパタリング装置を提供すること、<2>漂遊磁界が間違った場所にグローイングとスパタリングを生ぜしめて、装置を損傷し、又は生成物を汚染することのないよう、使用される予定の所へ磁界を集めその中での漂遊磁界の生成を固定的に抑制するような磁気構造を提供することにあり、本件特許各発明は、前記本件特許各発明の要旨のとおりの構成を採用することによって、カソードスパタリングをその生成率を実質上増大せしめ、都合の良い圧力レベルで行なうことを可能ならしめるとともに高い純度と凝集性の薄膜を基体上に生成することを可能ならしめ、構造上洗練されていないけれども経済的に操作することができ、取扱い、修理保全が簡単なカソードスパタリング装置を提供しようとするものであることが認められる。
三 審決の取消事由に対する判断
1 取消事由一に対する判断
(一) 引用例一の記載内容及び同引用例と本件特許各発明との一致点についての審決の認定については当事者間に争いがない。そこで、審決が、両発明の相違点として、「本件特許各発明は一対の磁極が陰極に隣接して陰極と反対側の面に設けられているのに対し、引用例一のものは電磁コイルがベルジャの外側に設けられており磁極はなく、また、電磁コイルと永久磁石との間に互換性があるとしても磁極を陰極に隣接して設ける技術思想がない点相違する。」と認定することの当否について検討する。
まず、本件特許各発明についてみるに、同発明における磁気装置の一対の磁極が陰極に隣接して陰極と反対側の面に設けられていること自体については当事者間に争いがなく、更に、前掲甲第二号証によれば、本件特許各発明における一対の磁極を備えた磁気装置は、磁石そのものが極として作用する場合(一四欄二九行ないし三三行)と、磁石から分離可能で磁石の延長部分を構成る磁性体(磁性物質)の極片が極として作用する場合(六欄二四行ないし三〇行)、すなわち磁石のみによる磁界発生手段と磁石及び極片による磁界発生手段とを含み、右磁極の位置は、具体的には本件特許各発明の実施態様である本件特許公報の図1ないし20に示された磁力線の出入りの位置からみて、磁性部材又は磁石の陰極側の先端部分であり、図17においては右先端部分(磁極)は陰極と一定の間隔(なお、右一定間隔がどの程度であるかに関しては、本件特許公報中に何の記載もない。)をおいて配置され、図17以外の図においては右先端部分(磁極)は陰極と接触配置され、しかも、いずれも磁界の発生する側とは反対側の面に配置されていることが認あられる。
一方、引用例一記載の発明についてみるに、同発明における陰極面との間で閉領域を形成する磁力線は電磁コイルによって生ずるものであることは審決の認定に係る引用例一の記載内容(同記載内容については当事者間に争いがない。)から明らかであるところ、成立に争いのない甲第三号証(引用例一)によれば、引用例一には「この装置の磁界は、各コイルに反対方向に電流を流すことによって作られる。磁力線(実線)は図1に示されている。この磁界はケイ氏の四重極磁界(原文では「aquadrupole field」と記載されている。)と呼ばれるものであり、プラズマ物理では、単一カスプ磁界ミラーと呼ばれるものである。」との記載のあることが認められる(訳文二頁一六行ないし一八行)が、成立に争いのない甲第七号証(岩波理化学辞典第三版、株式会社岩波書店・一九七一年五月二〇日発行)によれば、四極電磁石(quadrupole electro magnet)とは四つの磁極を持つ電磁石であることが認められるところから、引用例一記載の発明における電磁コイルが作りだす磁界は正負各二個からなる四つの磁極を有するものであると認めるのが相当である。但し、右四個の磁極の位置については、引用例一の図1(別紙二)における磁力線の出入りからベルジヤの頂部、底部及び両側部の近傍に各磁極が存在することは窺われるが、同図には各磁極の位置が具体的には明示されていないため、その位置を正確に特定することはできず、したがって、引用例一によっては、同記載の発明における各磁極が陰極に隣接して陰極と反対側の面に設けられていることが開示されているとまでは認めることができない。
(二) 被告は、電磁コイルは磁力線のみが存在し、永久磁石のような磁極はない旨主張する。前認定によれば、本件特許各発明における磁極は磁石そのもの又は磁石の延長部分を構成する磁性体からなる極片であるのに対し、引用例一記載の発明にあっては、電磁コイルによって磁力線が生ずるもので、本件特許各発明におけるような極片が特に存在するわけではない。しかしながら、磁極とは磁力線の集中する部分を意味するものであって、永久磁石における磁力線の集中する部分ばかりではなく電磁コイルによって生ずる磁力線の集中する部分も一般に磁極と呼ばれることは当業者における技術常識であり、このことは、引用例一記載の発明における磁界は電磁コイルが作りだすものであるにもかかわらず、同磁界がケイ氏の四重極磁界と呼ばれるものである旨が引用例一に記載されていることからみても明らかである。したがって、被告の右主張は理由がない。
更に被告は、仮に電磁コイルを磁石と同一視して電磁コイルにおいて磁束の集中するところを磁極と判断するとしても、引用例一記載の装置の磁場は、別紙六のとおりであって、電磁コイルの磁束の集中部分は磁力が弱いので、これを磁極と判断するのは当を得ないものである旨主張する。しかしながら、被告の右主張についてはこれを認めるべき証拠がないうえ、引用例一の図1(別紙二)に記載された磁力線はベルジヤの頂部、底部及び両側部の近傍に各磁極が存在することを示していることは前認定のとおりであるところ、同図における磁力線の記載が当業者の技術常識に反する記載であると認めるべき証拠も見当たらないから、被告の右主張も理由がない。
(三) 以上によれば、引用例一のものは磁極がないとした審決の認定は誤ったものであると認められるが、磁極を陰極に隣接して設ける技術思想がないとした審決の認定についてはこれを誤りと認めることはできない。
2 取消事由二に対する判断
(一) 引用例二記載の発明の概要
引用例二には、イオンポンプ装置について記載され、真空容器に結合された結合管と外囲器と、この外囲器のリエントラント部の円筒形磁界装置収容室に積み重ね配置された永久磁石及び磁極片からなる磁界発生手段と、リエントラント部の排気室側の壁面に密着配置した陰極と、この陰極に対向配置した陽極とを備えた配置が記載されていることについては当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証(引用例二)によれば、引用例二記載の発明は、真空ポンプ、特に、イオン化現象を用いてガスを取り除くことによって高真空を得る真空イオンポンプに関するものであること(訳文一頁一行ないし二行)、この種イオンポンプは新たに沈積した活性なスパタ物質へのガス吸着及びイオン埋込みによってガスを除去するペニング型放電セルの放電作用を利用しているが(同四行ないし六行)、従来技術によるイオンポンプは真っ直ぐな陽極通路とそれに組み合わされる線形磁界を必要としたことからその重量が重いという欠点があったのに対し、ペニング放電型の改良されたイオン真空ポンプを提供することを目的とするものであること(同二頁二行ないし三行、同六行ないし七行、同一四行ないし一五行)が認められる。
引用例二記載の発明の構成についてみるに、前掲甲第四号証によれば、引用例二には、特許請求の範囲として「排気されるべき装置に接続されるようになっている第一室と、前記第一室の中に張り出す第二室と、前記第一室内の一つの陽極部材と、前記第一室内の反応性陰極部材と、前記第二室内に配置された磁界発生手段とからなり、前記第一室内の前記陽極および陰極部材の間に実質的に湾曲した磁界を提供する手段を含むイオンポンプ」との記載があり(訳文一一頁一行ないし四行)、その実施態様である別紙三の図1の説明として「リエントラント部分4に近接しかつそれをとり囲んでポンプ室8内に陰極部材18が配置されており、」との記載(同四頁二四行ないし二五行)、「リエントラント部分およびその室10の内部に磁界発生手段20が設けられている。その手段は複数個示してあるが、本発明によるポンプの動作にはかならずしも必要なものではなく、この手段のもっとも単純なものとしては単一のユニットでもよい。図で示すとおり、磁界発生手段20はいくつかの永久磁石部材22、22'および22"からなり、これらは円板の形でよく、適当な磁石材料で作り得るが、望ましくは出来る丈強い磁界を出すものがよい。各磁石円板の両側には磁気シム24、24'、24"即ちポールピースが配置されており、その機能は磁石22、22'、22"より出た磁力線の磁束路を備えることでありそれによってこれらの力線通路は必要な形状又は方向をとり得る。」との記載(同五頁七行ないし一四行)及び「磁石22、22'および22"は隣り合う極が「同一」の磁極になるように配列され、それにより、ポールピース24、24'および24"と組合わされて点線で示すような完結した又は閉じた磁気回路を設けるように湾曲した磁束路をポンプ室8内に作る。」との記載(同一七行ないし一九行)があることが認められ、これら記載によれば、引用例二記載の発明における、永久磁石及び極片によって構成される磁界発生手段は、一対の磁極が陰極に隣接して、しかも磁界の発生する側とは反対側の面に配置されているものと認めることができる。
更に、前掲甲第四号証によれば、引用例二には、作用効果の記載として「磁石とシムのアセンブリが形成する磁束路が湾曲しているので、第一図に示す陽極配置とする理由が、本発明によれば放電通路にのみ供給すべき、利用できる磁束の実質的部分を有効に用いるものとして理解できるだろう。」との記載(訳文六頁六行ないし八行)及び「磁界の存在により、電子は陽極の凹所と陰極の間の放電通路の中にトラップされ、その電子と排気されるガスの分子との間の衝突の確率をかなり高めることになる。」との記載(同一四行ないし一六行)があることが認められる。
(二) 本件特許各発明及び引用例一記載の発明は、カソードスパタリング装置において磁力線と陰極面間に帯電粒子を保持する閉領域を形成する点において軌を一にすることについては当事者間に争いがなく、両者の相違点は、本件特許各発明における磁気装置は陰極に隣接して該陰極面と反対側の面に設けられた一対の磁極からなるものであるのに対し、引用例一記載の発明は、磁極を備えるものではあるが、その磁極を陰極に隣接して設ける技術思想がない点であることは前認定のとおりである。
しかしながら、引用例二に関する前認定によれば、引用例二記載の発明における磁界発生手段は、永久磁石及び極片によって構成され、その磁極は陰極に隣接して、しかも磁界の発生する側とは反対側の面に配置されているものと認められるから、前記1(一)に認定した本件特許各発明における磁気装置の構成と同様の構成は引用例二に開示があるものと認めることができる(なお、前掲甲第二号証によれば、本件特許各発明の第2項発明及び第3項発明は、いずれもその発明の要旨は第1項発明を引用するものであって、第1項発明の実施態様であると認められるところ、前掲甲第四号証によれば、引用例二には、同引用例記載の発明の実施態様である別紙三の図6の説明として、「第6図には、本発明による他の変形が示してある。……リエントラント部4も相互に導電関係をもって直接とり付けた陰極18を持つ導電材料でよく、」との記載があることが認められ(訳文八頁一一行ないし一四行)、引用例二には本件特許第2項発明が要旨とする「導電性支持体が陰極をそれと面どうし密接した状態で支えている」点を開示されているものと認められる。また、本件特許第3項発明が要旨とする「磁気装置が磁石に隣接しておかれ、前記磁極を形成し、そして陰極の前記側面(「前記側面」とは、陰極面と反対側の面をいうものと解する。)へ隣接して配置された一対の磁性極片を具備し、よって磁力線が主として該陰極を通過して向けられている」構成をも開示していることは、引用例二に関する前記(一)の認定から明白である。)。
そして、前掲甲第三号証によれば、引用例一には「磁界は定常的形状を保っていると仮定する。放電が開始すると電界と磁界が直角に交わる領域が陰極の前に現れる。この環状の領域の中にターゲットから出た二次電子や適当な速度を持つ他の電子がロレンツカにより、長サイクロイド軌道に引き込まれる。この結果、高い密度の電離ガスの輪ができる。陰極はその結果、赤道と極との間で帯状に高速でスパッタリングされる。装置はスパッタ金属の環状ソースを効果的に提供する。」との記載があることが認められ(訳文三頁七行ないし一二行)、引用例一記載の発明における磁界を形成することの技術的意義は、磁力線による閉領域を生ぜしめ、その中に陰極崩壊により飛び出した帯電粒子(電子)を閉じ込めて有効利用することにあるものと解されるところ、前記引用例二記載の発明の概要によれば、引用例二記載の発明における磁界発生手段は、第一室内の陽極および陰極部材の間に実質的に湾曲した磁界を提供するもので、磁極を陰極に隣接して、しかも磁界の発生する側とは反対側の面に配置する構造とすることにより、別紙三図1に点線で示すような完結した又は閉じた磁気回路を設けるように湾曲した磁束路をポンプ室8内に作り、このような磁界の存在により、電子は陽極の凹所と陰極の間の放電通路の中にトラップされ、その電子と排気されるガスの分子との間の衝突の確率を高めるものであると認められ、引用例二記載の発明における磁界発生手段の技術的意義も、引用例一記載の発明における技術的意義と共通するものであると解するのが相当である。
以上によれば、本件特許各発明の構成は、引用例一記載の発明における磁界発生手段を引用例二記載の発明のものに置き換えることによって容易に想到し得るものであると認めることができる。
(三) 審決は、真空スパタリング装置とイオンポンプとは使用目的及び構成を全く異にするとして、引用例二に本件特許各発明における磁気装置の構成と同様の構成の開示があるにもかかわらず、本件特許各発明の進歩性を肯定するので、その当否について判断する。
本件特許各発明及び引用例一記載の発明はカソードスパタリング装置に関するものであるところ、カソードスパタリングは特に基体に薄膜物質を被覆せしめる技術であること、一方、引用例二記載の発明は、真空ポンプ、特に、イオン化現象を用いてガスを取り除くことによって高真空を得る真空イオンポンプに関するものであることは前認定のとおりであって、両者の装置の使用目的が異なることは明らかである。
しかしながら、審決の認定に係る引用例三の記載内容については当事者間に争いがないところ、同記載によれば、引用例三にはグロー放電によって陰極物質を崩壊することによる被膜の形成方法について記載され、この陰極の崩壊は気密容器内のガス圧を下げる目的にも使用することができる旨記載されていることが認められる。また、前掲甲第三号証によれば、引用例一には「交差電磁界を用いたスパッタリング装置の発表例は数例しかない。三〇年前に発行されたペニング特許は、成膜に利用出来る三つの構成を示している。ペニングのセルは小さく現在の技術に比較すると成膜には特に適していないが、イオンポンプでは多く用いられている。」との記載(訳文一頁五行ないし八行)のあることが認められ、同記載によれば被膜の形成及びイオンポンプの双方に利用できるスパタリング装置に関する従来の発表例としてペニング特許が存在することが認められるところ、右ペニング特許は、本件特許公報中にもスパタリングの基本技術として言及されていることが前掲甲第二号証によって認められ(二欄二一行ないし二五行)、引用例一においても参考文献として掲載されていることが前掲甲第三号証によって認められる(四四頁右欄一三行ないし一四行)。そして、基体に薄膜物質を被覆せしめるカソードスパタリングは、イオンの衝撃によって崩壊し気相中へ飛び散らされた陰極の金属原子を基体上へ凝集し薄膜を形成する技術であること、また、イオン真空ポンプは、新たに沈積した活性なスパタ物質へのガス吸着及びイオン埋込みよってガスを除去するペニング型放電セルの放電作用を利用するものであることは前認定のとおりである。これらの事実によれば、本件特許の優先権主張日前の当業者にとっては、スパタリングによる被膜形成技術及びイオン真空ポンプ技術は、ともにスパタリングすなわちイオンによる陰極物質の崩壊という同一の物理現象を利用する互いに密接に関連する技術分野のものとして認識されていたと認めることができる。
以上によれば、真空スパタリング装置とイオンポンプとは、装置全体としてはその使用目的及び構成を異にするものではあるが、両者は互いに密接に関連する技術分野であり、かつ、磁気装置もしくは磁界発生手段の部分に限定してこれを考察すれば、引用例一に示される技術手段と引用例二に示される技術手段は共通の技術的意義を有するものであることは前認定のとおりであるから、当業者が真空スパタリング装置における磁界発生手段としてイオンポンプにおける磁界発生手段の技術手段を採用することに格別の困難性はないものというべきであり、したがって、真空スパタリング装置とイオンポンプの使用目的及び構成が異なることを理由に引用例一に示される技術手段と引用例二に示される技術手段との組合せの容易想到性を否定した審決の判断は、相当とは認められない。
(四) 更に、本件特許各発明の作用効果の顕著性について検討する。
前掲甲第二号証によれば、本件特許公報には本件特許各発明の作用効果について<1>「極片を使用することによって軸方向に極片と並列する周辺帯状部分に交点が集中する。磁界が実質上その周辺に連続しているので無数の該閉領域がお互いに接触しあい連続して形成され、それによって帯電粒子を捕捉し、それらが逃げるのを防ぐ傾向にある環状のトンネル状部分が提供される。そのトンネル状部分は帯電粒子をして陰極面に隣接した環状の内側周囲にうず捲かせ、そうすることによってスパタリングの効率を増加せしめている。これは多くの従来技術において見い出された欠点、特にクラークの特許において見い出された帯電粒子が磁気領域から逃げることが可能で、それ故、それらの装置の効率が極めて低いという欠点を解消したものである。」との記載(七欄二一行ないし三四行)及び<2>「本発明の利点は極片が磁界の位置と浸蝕領域を正確に決めることにある。」との記載(一五欄四行ないし五行)のあることが認められるところ、引用例一には同記載の発明の作用効果について「磁界は定常的形状を保っていると仮定する。放電が開始すると電界と磁界が直角に交わる領域が陰極の前に現れる。この環状の領域の中にターゲットから出た二次電子や適当な速度を持つ他の電子がロレンツ力により、長サイクロイド軌道に引き込まれる。この結果、高い密度の電離ガスの輪ができる。陰極はその結果、赤道と極との間で帯状に高速でスパッタリングされる。装置はスパッタ金属の環状ソースを効果的に提供する。」との記載があること、引用例二には同記載の発明の作用効果について「磁石とシムのアセンブリが形成する磁束路が湾曲しているので、第一図に示す陽極配置とする理由が、本発明によれば放電通路にのみ供給すべき、利用できる磁束の実質的部分を有効に用いるものとして理解できるだろう。」との記載及び「磁界の存在により、電子は陽極の凹所と陰極の間の放電通路の中にトラップされ、その電子と排気されるガスの分子との間の衝突の確率をかなり高めることになる。」との記載があることは前認定のとおりである。これら各記載によれば、引用例一記載の発明及び引用例二記載の発明は、陰極面に沿って磁界により形成した閉領域内に帯電粒子を捕捉して、電離ガスの密度を高め、それによってスパタリング効率を高める作用効果を奏するものであるところ、本件特許各発明と同様に「極片を使用すること」すなわち磁性部材と磁石を組み合わせたもの又は磁石により湾曲状磁界を発生させること、及び、「一対の磁極を陰極に隣接して設けること」も引用例二に開示されていることは前認定のとおりであり、磁界の位置と浸蝕領域を正確に決めることができることは引用例二に開示された磁界発生手段の構造及び配置自体から明白であるから、本件特許各発明における右<1>及び<2>に記載された作用効果は、引用例一記載の発明及び引用例二記載の発明から当然に予測し得るものであるということができる。
審決は、「本件特許各発明は単に閉領域を形成することを要件とするものではなく、スパタリング装置において一対の磁極を陰極に隣接して設けたことを要件とし、このことにより磁極間に現われる磁力線の殆どが陰極に入ることになり効率よく被覆し得る点作用効果においても格別顕著である」旨判断する。右判断の当否について検討するに、前掲甲第二号証によるも、本件特許公報には審決の認定する「磁極間に現われる磁力線の殆どが陰極に入る」ことに関する直接の技術的説明、特に「殆ど」の意義についての説明はなく、ただ、特許請求の範囲第1項に「磁気装置の一対の磁極間に現われる磁力線の殆どは前記陰極の互いに離間した交点から出てかつ入り」と記載されており、審決はこのことをそのまま作用効果として認定したにすぎないものと認められる。しかし、陰極の交点を出入りする磁力線に関して「磁気装置は陰極に隣接して前記陰極の面と相対する側面に備えられている。磁気装置は一対の磁極を備えており、その磁極間に磁力線が発達せしめられており、その磁力線の少なくとも一部は陰極面上に間隔をおいて離れて位置する交点にて陰極面を出入りするものであり、」との記載(四欄一五行ないし二〇行)のあることが認められるのみであるが、本件特許各発明の磁気装置のような構成において、陰極を極片の端面から比較的離して配置するときは、一対の磁極の一方から出て他方に入る磁力線の全てが陰極を貫通してその表面に現われるわけではなく、陰極と極片の端面との離隔部分を通る磁力線も相当部分存在することになるから、陰極表面により多くの磁力線が現れるようにするには陰極を極片の端面により近付ければよいことは当然予測し得るところである。審決の右判断は、スパタリング装置において一対の磁極を陰極に隣接して設けたという本件特許各発明の構成が引用例一ないし三から容易に想到し得ないことを前提とし、かつ、そのことによる作用効果に対するする判断であると解するのが相当である。しかしながら、既に説示したようにスパタリング装置において一対の磁極を陰極に隣接して設けたという本件特許各発明の構成が引用例一ないし三から容易に想到し得ないとの前提自体が誤ったものであるから、一対の磁極をこのように配置することにより、右磁極間の磁力線がより多く(その程度は明らかでないが)陰極の互いに離間した交点から出入りすることは予測の範囲内の事項であって、審決の右判断は誤りといわざるを得ない。
被告は、引用例一の装置には磁極はなく、本件特許各発明の「一対の磁極を陰極に隣接して設けることにより磁極間に現われる磁力線の殆どが陰極に入ることになり、効率よく被覆し得る作用効果」が存在しないから、電磁コイルと永久磁石との交換が容易であったとしても、互換性があるとはいえない旨主張するが、引用例一記載の装置に磁極があることは前認定のとおりであり、また、本件特許各発明の磁気装置の構成は引用例二に開示されていて、これを引用例一記載の発明における磁界発生手段に代えて採用することに格別の困難性がないことは既に認定したとおりであるから、電磁コイルと永久磁石との互換性いかんにかかわらず、本件特許各発明の磁気装置の構成は引用例一及び二の記載から容易に想到し得るものである。また、被告の「殆ど」の意味内容について主張するところも、スパタリング装置において一対の磁極を陰極に隣接して設けたという本件特許各発明の構成が引用例一ないし三から容易に想到し得ないことを前提とする主張であるから、理由がないことは明らかである。
3 以上によれば、本件特許各発明は、引用例一ないし三の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められ特許法二九条二項の規定に該当すると解するのが相当である。これと異なる審決の判断は誤りであり、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は取消しを免れない。
四 よって、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用負担及び上告のための附加期間の定めにつき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、同一五八条二項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 田中信義 裁判官 杉本正樹)
別紙一
<省略>
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別紙二
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別紙三
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別紙四
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別紙五
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別紙六
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